東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1098号 判決 1970年7月16日
控訴人 東神鋼管株式会社
右訴訟代理人弁護士 滝沢国雄
同 芹沢博志
同 松本義信
右訴訟復代理人弁護士 三羽正人
被控訴人 株式会社東都銀行訴訟承継人 株式会社三井銀行
右訴訟代理人弁護士 小川信雄
同 糸正敏
同 池部敬三郎
右訴訟復代理人弁護士 江川洋
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
<全部省略>
理由
一、控訴会社が東都銀行羽田支店の取引先であったこと、控訴会社がその主張の日に筒井酸素商会に対してその主張のとおりの約束手形五通を振り出し交付したことおよび林平八郎がその当時東都銀行羽田支店長であったことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、控訴会社の代表取締役である森芳隆は、昭和三八年八月当時控訴会社のほか株式会社三社を経営しており、控訴会社には一か月二、三回ほどしか出社できないところから、控訴会社の経理関係を担当する経理部長である駒形文雄に殆んど一任しており、駒形は森から代表者印を預かり、自己が必要と判断すれば、控訴会社名義をもっていわゆる融通手形を振り出すこともできたが、ただこのような手形振出の場合には森の事後承諾を得ることとされていたことおよび本件約束手形五通はいずれも商取引の裏付のないいわゆる融通手形であって、筒井酸素商会に融資を得させる目的のもとに駒形が控訴会社の名をもって振り出し、林支店長の手を経て同商会に交付され、その後森の事後承諾を得たものであって、各満期には筒井酸素商会において手形金の決済をする約定であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二、控訴人は、筒井酸素商会が右手形融通契約に基づき控訴会社に対して負担する債務の決済について東都銀行が同商会のため連帯保証をしたと主張するから考えるに、<証拠>には右主張にそう部分があるが、<証拠>に照らしてこれを措信しがたく、ほかに、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右主張事実の存在を前提として被控訴銀行に対し保証債務の履行を求める控訴人の請求は理由がない。
三、次に、控訴人の予備的請求である不法行為に基づく損害賠償請求の成否について判断する。
控訴人は、林支店長が本件手形振出に関連して、手形融通契約に基づく筒井酸素商会の債務を東都銀行として保証する意思がないのにこれあるかのように駒形を欺罔したか、しらずとするも、自己の行為によって駒形をして同銀行の保証を得たものと誤信させ、もって控訴会社に損害を蒙らせたものであると主張する。本件手形の金額が東都銀行羽田支店備え付けのチェックライターを用いて記入されたことおよび林支店長が支店長室において本件手形のいわゆる耳の部分に金額を記入したことは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、本件手形振出のなされた経緯について、次の事実を認めることができる。
(一)、筒井酸素商会はかねてから東都銀行と金融取引があったところ、昭和三八年七月頃多額の債務を負い金融に窮していたが、同商会に対する大口債権者たる城南電設工業株式会社の事実上の代表者格であった榎本政雄は、同商会に金融を得させてその倒産を防ぎ、あわせて右会社の債権をも保全しようと考え、かねてじっこんであった林支店長ならびに同支店長を通じて従来取引関係のあった控訴会社の経理部長駒形にも誘いかけ、ここに榎本の計らいで、同年八月三日午後神奈川県下綱島温泉内の料亭において筒井酸素商会の代表者であった筒井昭夫、榎本、駒形および林支店長の四者が会合するにいたった。
(二)、右会合の席上、榎本は駒形に対して、筒井酸素商会が金融に窮しているが、控訴会社振出の手形ならどこでも割引してもらえるから、総額五〇〇万円程の手形を貸してやってくれと申し向けて、いわゆる融通手形の振出交付を依頼し、かつ、万一のときは榎本所有の店舗を処分してでも決済すると申し述べ、林支店長も、さきに榎本から右会合が同商会に対する融資の依頼を目的とするものであったことを聞き及んでいたところから、榎本に同調して駒形に対して同商会への援助を求め、近く同商会に対する大口債権者が債権の棚上をしてくれることになっているから、それまでのつなぎとして是非融資してやってくれと口添えしたが、酒席のこととて、結論にいたらぬまま話は打ち切られた。
(三)、しかし、駒形としては、東都銀行羽田支店から控訴会社およびその関連会社の取引銀行であってかねがね金融取引上同銀行から多大の恩恵を受けていることでもあり、また、個人的にも林支店長に姪の就職の斡旋をしてもらった等の事情があったところから、あるいは右依頼に応ずることもやむを得ないと考えたものの、筒井酸素商会とは従来取引もなく、その経営内容に不安があったのでその調査のため右会合を辞去するにあたって、念のため筒井に対し、翌日同商会の経理関係書類を駒形宅まで持参するよう要求した。
(四)、筒井は翌四日駒形の許に筒井酸素商会の経理に関する試算表を持参したが、駒形はこれを検討した結果、同商会の資産内容が不良であって通常なら到底融資に協力しうるものではないと判断したが、前記のような榎本および林支店長の強い要請を考慮すればやはり協力せざるをえないと考え、翌五日朝林支店長からの電話に応じ、振出人欄に控訴会社代表者の記名のある手形用紙五枚および控訴会社の代表印を持参して羽田支店に赴き、支店長室において林支店長に対し、要請に応じて筒井商会に対し総額五〇〇万円をそれぞれ金額一〇〇万円に近い五通の約束手形に分けて貸すことにするから、これを市井の金融業者などによって割引いてもらうことのないようにしてもらいたいと述べ、右各手形用紙の控訴会社代表者名下に前記代表者印を押捺して、これを林支店長に交付したうえ、金額、満期、受取人等白地部分を補充して筒井酸素商会に交付するよう依頼した。
(五)、ここにおいて、林支店長は榎本および筒井の来店を求め、三者相会した席上において、右白地部分が補充されたが、金額満期の記載については、同支店備え付けの、チェックライターおよび日付印が使用され、また、林支店長みずから前記のとおり金額欄の下の横書の金額ならびにいわゆる耳の部分の金額および支払期日の記載をして、右各手形を筒井に交付した。
(六)、かくて、筒井酸素商会は、右手形を入手した後、他で割引を受けて融資を得たが、間もなく倒産したため、右各手形につき決済をつけることができないまま満期にいたったので、やむなく控訴会社においてみずから手形金額を出捐して決済を了した。
以上の事実が認められるのであり、前記各証言中、右認定に反する部分はこれを措信しがたく、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠は存在しない。
右認定事実によれば、林支店長は、取引先の便宜を計るためとはいえ、その経営内容を十分調査することもなく、融資の斡旋に関与し、しかも、融通手形の振出にあたって、支店長室において銀行備え付けの用具を用いて手形要件の記載をさせ、みずからも手形面上に金額を付記する等、支店長としていささか深入りしすぎたきらいはあるが、さりとて銀行が保証をしたものと誤信させるような言動をしたものとはいいがたく、もし駒形において林支店長の言動により銀行の保証を得られたものと考えたとすれば、商事会社経理部長として軽率のそしりを免れないものというべきであり、かえって、<証拠>によれば、駒形は本件手形振出後も控訴会社代表取締役である森に報告することなく、昭和三八年一一月九日頃、右手形の一部が不渡りとなってから、ひそかにみずから金策を苦慮した揚句、漸く同人に本件手形振出の件を報告して事後承諾を得ているのであり、このような事実に照らせば、駒形としても本件手形の決済について銀行の保証を得たものとは考えていなかったことが推認されるのである。
してみれば、東都銀行は控訴会社に対して控訴人主張のような損害賠償債務を負ういわれはなく、右銀行が損害賠償債務を負うことを前提とする被控訴人の請求もまた理由がないものといわなければならない。
四、よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
<以下省略>。
(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園秀信 森綱郎)